まさに昭和が遠ざかるといった感じであった。
昭和と言うよりも我々の青春が霧の彼方へと遠ざかったようなそんな感じを抱いた。
今日は朝から雪模様の塚原高原であったため一年に一度の水質検査や大分税務署、由布市役所へと提出物があったので急遽休みにして大分へと出かけました。提出が終わって用事があったので大分臨海地区へと車を走らせましたが待ち合わせの場所が中々決まらずに直接行ってから電話にて指定することとなった。車を走らせながら『あれ?ここに確か喫茶店があったはずなのに?この角にはパチンコ屋?あそこにはスーパーがあったはずなのにと目まぐるしく頭を回転させながらヨタヨタと運転していると時折記憶の中の建物が目の中に飛び込んでくる。間違いなくあの場所なんだと確信をする。もしかしてボケてしまったのかと一瞬心配になったけれども記憶の中の風景は銀行時代2か店目、新婚時代に住んでいたところ、昭和53年から56年までのこと、考えてみると50年前・半世紀も前の昭和の良き時代。建物も風景も道路も全てが変わっていても何の不思議もないのである。駅前のパチンコ屋の後にできたスタバで待ち合わせをすることにしてコーヒーを注文して待っている間に改めて青春が薄れていったことを突きつけられた。昭和・平成・令和と年号も3回も変わっているわけであるから青年から老人と変化するわけだ。当時十数件あった喫茶店を探してみたけれども一軒も見つけることができなかった。あんなに沢山あったのに昭和は遠くになりにけりだ。

記憶が霧の彼方へ
一月の寒い季節になると早く春が来ないかなぁと思うのが半分、薪ストーブの前でもう少し冬眠生活を楽しみたいのが半分の髭のマスターである