思い出の野乃花・・・その3

 いよいよ1月も終わりの日を迎えて残すところあと2ヶ月となりました
県外の方や今年4月以降にご予約お問い合わせのあった方を中心に少しずつご案内を差し上げていたのですが3月はあっという間にほぼ満室、2月もかなりの日にご予約をいただきましたためにこうして森の宿日記にてご挨拶させて頂きます お葉書の届かなかったお客様には大変心苦しい限りではございますがご容赦くださいませ 髭のマスター&明美シェフは果たして体が耐え切れるだろうかと些か心配なのですがランチの営業をしない、できる限り休憩・睡眠を取ると言うことを徹底して乗り切りたいと思っていますので宜しくお願いいたします また、沢山のお客様に『まだ続けられないの?』『お疲れ様』などとお電話やお手紙をいただきました 本当に有難うございました

 本来ならばもっと多くの方々と思い出話や近況報告などをお話ししたかったのですが確定申告、部屋等の片付け、宿泊のお客様の応対等に追われて中々できそうにもありません 残されたあと2ヶ月間に全力投球いたしますので最後まで野乃花に寄り添って応援して頂ければ幸せです 
2026・1・31(土)の野乃花は穏やかな晴天の下、気持ちの良い1日となっていますが寒さはとても厳しいものがあります 皆様どうかご健康に注意されてこの冬を乗り切られて下さい

「思い出の野乃花・・・その3」への2件のフィードバック

  1. 大阪の裕次郎

    18年ぐらい前に一度だけですが、大変お世話になりました。
    夜遅くまでお酒を飲みながら、人生の話をさせていただいたあの時間を、今でもよく覚えています。
    当時は、庭の木々もまだ伸びておらず、葉がついていなかったですね。

    その後はなかなか伺えず、不義理をしてしまいましたが、
    HPで庭が育っていく様子を拝見するたびに、勝手ながら嬉しく思っていました。

    また、大将がサラリーマン時代から湯布院の地で、長い時間をかけてペンションの準備をされてきたお話を伺い、深く感動したことも今なお心に残っています。
    あの時のお話は、今の自分にとっても大きな励みです。

    あれから時が流れ、来年は子どもが中学生になります。
    そしてふと気づけば、あの時お会いした大将と同じぐらい年齢になっていました。
    大将を目標に生きていければと思っておりますが、まだまだだなと感じる日々です。

    「大阪の裕次郎」というご縁で、年賀状のみのお付き合いとなってしまいましたが、心より感謝しております。

    22年間、本当にお疲れさまでした。
    あの一夜の語らいは、今も私の中に残っています。
    ありがとうございました。

                         大阪の裕次郎より(今は東京ですが)

    1. ののかオーナー

      お〜!大阪の裕ちゃんじゃなかった東京の裕ちゃん、嬉しいコメント有難うございました
      あの頃の髭のマスターはまだ酒をガンガン飲んでいた頃で裕ちゃんもまだ子供さんがいなかった様に記憶しています
      私の友人にそっくりさんがいてもしかして親戚ではと聞いた様な記憶が蘇ってきます
      確か佐賀関の方のご出身じゃなかったでしょうか
      先の大火によるご親戚の被害はなかったでしょうか
      その後の年賀状で裕次郎二世の登場、東京への引っ越しとの報告を受けていましたがもう中学生ですか
      月並みですが「光陰矢の如し』とよく言われますが歳をとるにつれて益々早く感じます
      10代は各駅停車
      20代30代は特急列車
      30代40代は新幹線
      50代60代は飛行機
      70代以降はロケット
      そんな感じでしょうか
      でも髭のマスターは終身、ローカル線の各駅停車の人生旅をゆっくりと楽しんでいます
      またどこかでお会いする事が出来ると信じて隣の駅までの切符を購入します
      美人の奥様、裕次郎二世にも宜しくお傳下さい また会う日までグッド ラック!

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